突発性難聴になってしまいました。
結構深刻で、右耳はほとんど聴こえなくなってしまいました。
残っている左耳も元々軽い感音性難聴であまり聴こえが良くないので、日常生活が今まで通りにはいかなくなりました。
耳は聴こえないと本当に困ります。
耳に少しでも異変を感じたら、すぐに病院に行くようにして頂きたいです。
私の場合の経過を記録しておきたいと思います。
【1日目】9/23(水)
朝起きると、両耳がトンネルの中にいるような感じ。詰まっているような圧迫されているような違和感。台風が来ているから低気圧のせいだと思っていた。
この日、採卵日だったので、普通に病院に行って採卵もして、帰りに伊勢丹に寄ってご褒美スイーツも買って帰るくらい元気だった。(だと思っていた。)
【2日目】9/24(木)
耳は、トンネルの中のまま。
この日は、お昼ごろまでゆっくり寝て、午後はヨガのレッスンへ。
ヨガのレッスンを受けると耳の不快感が少し良くなったような気がした。
KLCからの受精確認のメールで、1個しか受精しなかったことが分かって、すごく落ち込んだ。来周期は休もうと思ってたけど、続けて採卵しなきゃ!頑張らなきゃ!と更にスイッチが入る。
【3日目】9/25(金)
トンネルの中から、プールの中とかお風呂の中みたいに変わった。全ての音がうわんうわん鳴ってる感じ。
ネットで調べて、耳に水が溜まっているんだと思った。突発性難聴だとは1ミリも考えなかった。
来月採卵しなきゃいけないから耳鼻科に行って薬出されるのが嫌だな、と思うと、なかなか病院に行く気になれず。
今思うと、この日の耳の状態が一番ヤバかった。
この日に病院に行くべきだったと思う。
【4日目】9/26(土)
起きてみると、うわんうわん鳴ってた耳が大人しくなった。これを私は「良くなった」と思ってしまったけど、大人しくなった=聴こえなくなった、だった。
もともと耳が良くなかったのもあって、右耳が聴こえなくなったなんて思いもしなかった。
体がだるくて午前いっぱいベッドでごろごろしていて、この日も病院には行かず。
夕方、鍼の先生に相談して、漢方を処方してくれそうな病院を教えてもらい、ようやく病院に行く気になる。
【5日目】9/27(日)
病院は開いてないし、自分では「良くなってきている」と思い込んでいるものだから、いつも通りに5kmランもしたし、ヨガのレッスンにも行った。
今思えば、ヨガのレッスンの時、聞き取れない時もあったし、ヨガ友達との会話もかなり近づかないと出来ない状態だったけど、まさか右耳が聴こえてないなんて思ってもなかった。
【6日目】9/28(月)
漢方を処方してくれそうな病院の初診予約が取れず。しょうがないのでちょっと遠いけど、以前、感音性難聴の診断をしてもらった病院へ。
診察で、
「大変!右耳がすごく悪くなってる!突発性難聴。今すぐ点滴!今日から5日間、毎日通ってね。」
こう言われてもまだ、来周期採卵するのにーって思ってて、「不妊治療中なんですけど、その点滴大丈夫ですか?ステロイドですか?」みたいな質問をする自分が居て。
(点滴はステロイドじゃなく、血液の循環をよくする薬。)
「そんな事よりも、耳が大事だよ!このままだと、聴力を失うかもしれないよ!」と、聴力の書かれた紙を貰って、やっと大変な事になったんだと気が付いた。
私の右の聴力=92㏈。
(~20㏈=正常、100㏈=ろう)
泣きながら点滴と酸素吸入を受けて、電車の中でも泣きながら帰った。
突発性難聴なら、もっと早くに治療を始めないといけなかったのに、もう6日も経ってしまっている、と思った。そして、92㏈という数字にもショックで、正直何も考えられなくなった。
【7日目】9/29(火)
点滴・酸素吸入2日目。良くなった感じがしない。
検査をして、やっぱりそうだ。この日も92㏈。
泣きながら帰った。
耳が聴こえなくなるのが怖かったし、気付けなかった自分が悔しかった。
今の治療でいいのか?今の病院でいいのか?と思うけど、連日の睡眠不足で調べる気力が起こらなかった。
【8日目】9/30(水)
点滴・酸素吸入3日目。良くなった感じは、やっぱりない。
でも、数字は少し改善して83㏈。
この日は、初めましての院長先生の診察だった。
この先生が色々お話をして下さって、
「色々調べたと思うけど、突発性難聴には色んな治療法がある。」
全然調べてないです、と言うと、
「ちゃんと調べた方がいい。うちがやってる血液の循環を良くする点滴以外にも、ステロイドの点滴、高気圧酸素療法、鼓膜に直接ステロイドを注射する方法がある。これを受けるには入院することになる。うちの治療が悪いっていう訳じゃないけど、後悔しないように調べた方が良い。もし病院変わりたいのであれば紹介状も書くから。」
と仰って頂いたので、点滴している間に調べて、先生の言う3つの治療が受けられる病院が見つかった。っていうか、ここしかないでしょうという病院。紹介状を書いてもらって、その足で次の病院へ。
転院先の病院では、治療開始がそこまで遅い訳じゃないと言われて救われた。次の日から入院できるということだったので、入院を決めて、必要な検査をして帰った。
ただただ泣いている状態から、入院をして積極的な治療を受けるという決断をすると少し元気が出てきた。
つづく。